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2007年2月 5日 (月)

コンピュータは意識を持つか



極東ブログ: 機械は意識を持つか。コンピューターは意識を持つか。インターネットは意識を持つか。を読んで反応します.


「コンピュータは意識を持つか」という問いかけは,哲学的には興味深いです.ただ,その問いかけに工学的な価値がどの程度あるのか見当が付きません.コンピュータは意識を持てるか持てないか,意識を持てるとして如何に実現できるか,そのような問いかけはヒトへの影響を尺度にするとき,とても間接的です.コンピュータやロボットが意識を持つかどうかより私にとって重要なのは,それらコンピュータやロボットが,私たちを含む環境に対してどのように振舞うか,です.私に危害を加えうるか否か,話し相手になるか否か,(その行為を)信頼できるか否か,などです.


私たちを含む環境は,物理的に実在する物質から構成されていて,物理法則に従っています.映画マトリクスでは,そのような法則に必ずしも従わないシミュレーションの世界も相手にしていましたが,そのときでも,そのシミュレーションの世界を貫く何らかの法則が存在します.コンピュータやロボットは,自分の外部の世界をセンサーで計測し,自分の内部に存在するモデルと照合し,如何に振舞うかを決定します.ヒトを含む学習機械の多くは,このモデル自身を,センサーによる計測値により構築・更新します.モデルは外部の世界を貫く法則を反映していて,そのモデルの表現能力や,計測データとモデルとの照合能力などが,コンピュータやロボットの振る舞いに強く影響します.振る舞いの現れ方は身体の形状や能力(筋力など)に制限され,その制限は,次の時刻に計測される値も制限します.


このような観点から,私は,計測と(身体や外部世界の)制御とが,意識を持っているかのように振舞うコンピュータやロボットを実現するためのキーテクノロジーだと考えます.意識を持つか持たないか,意識を持ちうるか持ち得ないか,こういった考察は,これらテクノロジーの開発に有用な知見を与えてくれそうに思えません.


外部の世界と内部の世界の境界に位置するのは,センサーです.例えば視覚センサーは目,聴覚センサーが耳です.こういったセンサーは,物理現象を,デバイスの物理的性質(外部の世界が従う法則)に基づいて,電気信号へと変換します.ヒトの目は水晶体と網膜という光学系を持っていますし,耳は鼓膜と蝸牛などの構造を持っていて,それら構造は光や音を電気信号に変換するのに適した構造をしています.このため,同じ構造をCCDカメラやマイクロフォンも持つことになります.意識をめぐる議論の一部分(小さな一部分)は,物理法則にしたがって構造が決まるのはセンサーのみか,それとも信号の処理系にまでおよぶのかといった議論と遠くのほうで結びついている気がします.


センサーが取得した信号を「処理」していく.この処理の機構が,どの程度「記号操作」で可能なのか.ヒトの脳内における「処理」はもちろん物理現象や化学現象に還元できるはずですが,そのような現象を支配している物理法則や化学法則をヒトは既に知っているのか,それともペンローズが主張するように知らない法則があるのか.センサーには間違いなく「最適な構造」が存在しますが,脳にも,そのような最適物理構造が存在するのか.


計測データの知的処理が「記号処理」へと還元可能であるとして,そのような処理の開発はいたる所でなされています.音声認識や画像認識は,そのような研究開発の一例です.そして,そのような処理が高い能力を有するか否かは,実験をする前の,アルゴリズムの持つ美しさで相当程度判断できます.このことは何を意味しているのでしょうか.


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