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2007年4月

2007年4月30日 (月)

「わたし」の復権



構造主義からもポスト構造主義から抜け落ちるもの - finalventの日記



構造主義でもポスト構造主義でも、「私」が不在なのに、Google主義では、べたに私が復権してくる。



例えばプロフィール欄の「最近言及したISBN/ASIN」は,自分であとから見返して面白いと思うことが多い.あ,自分はこんなことに興味をもってるのか,と面白く思う.言及した単語とか,リンクしたページとか,商品とかの一覧表は,ネットの上の「私」の核だと思う.この一覧表を作る過程は,快楽追求の過程でもあったのだと思う.


相互人格的な絶対主義(参考)では,眼の前の人物の自分に対する敵意の有無を,その人物の心理とか思想ではなく,武器携行の有無などモノで測っていた.相互人格的なふるまいをしようとすると,相手に付随するモノに焦点があわせられる.一方,他人をマスとしてとらえて功利主義的にふるまおうとすると,道徳的価値観とか相手の内面へと焦点があわせられるようだ.Googleによる,自動的かつ相互人格的な交流網生成技術は,こういう意味で成功しうる気がする.不思議だ.


わたしの核を担う「一覧表」を自分の手で作り上げられる点は,どうなんだろう.例えば,2007年の4月30日にこのブログを書いてるリアルな私を含む情報のうち,私以外の人物や工学的センサーによって入力された情報は,ネットの上には(おそらく)存在しない.そのおかげで,自分の能力の範囲内(この拘束は大きい)で,テキトーな「私」を演じることが容易だ.テキトーなフカシが他の存在との矛盾を惹起しにくい.矛盾を惹起しないのは,匿名か否かというより,このブログが泡沫ブログで他の情報との関係が希薄であることに依る.ネット上での情報間の論理的無矛盾性と,リアルな世界での物理法則などからみた無矛盾性と,ネット-リアル間のセンシングの観点からみた無矛盾性とが強く関係していて,その無矛盾性の保証の強さで状況が変化しそうな希ガス.


2007年4月26日 (木)

教育について責任を負う



ドラッカーの本からメモ



知識が現代社会の中心的な資源となったために,大学に第三の機能が加わった.教育と研究に加え,社会への貢献すなわち知識を行動に移し,社会に成果をもたらす機能が加わった




研究は教育や学生のニーズとは両立しないとする.これは誤解である.




知識ある者は教育の内容,水準,成果,影響について責任を負わなければならない.




成績の悪い生徒や学生を責めることは許されない.できない生徒や学生は学校や大学の責任である.




意欲のない生徒や学生は学校や大学の恥であり,教師,教授の罪である.



ひえー.責任遂行のための組織的取り組みが必須.教員の労働(研究・教育・社会貢献)に関するマネージメントがキチンとなされないと,背負いきれません.道のりはとても遠い.


学力低下



蓮實重彦「私が大学について知っている二,三の事柄」からメモ



(明治二十年代の終わりから三十年代にかけて旧制高校ができていったとき)夏目漱石は「学力低落」という言葉を使っているわけです.




(昭和十年代)三木清とか西田幾太郎とか,哲学系の人たちが大学生の「知能低下」とうことをさかんに嘆くわけですね




日本の歴史の中で学力低落ということが一〇〇年来続けて話されてきた




日本の近代の歴史はそのような学力低下を次々に生み出すことで発展してきたということくらいはやはり知っていてもらいたい.



学力低下と発展に関する文言は,どうなのかなぁ.



私が大学について知っている二、三の事柄

私が大学について知っている二、三の事柄





2007年4月25日 (水)

ほぼ日のカレー部



ほぼ日刊イトイ新聞 - カレー部 例会@電力館


面白そうだった.ひとつのイベントを複数のサイトで同時中継するのも,面白い試みだったと思う.


絶対主義的戦争ロボット



大友克洋「武器よさらば」のロボット.武器を持たない人物には一切攻撃しない.眼の前の人物の戦闘意志の有無ではなくて,武器携帯の有無を判断する.



Kaba―Otomo Katsuhiro art work

Kaba―Otomo Katsuhiro art work



  • 出版社/メーカー: 講談社

  • 発売日: 1989/09

  • メディア: 大型本




2007年4月24日 (火)

戦争と大量殺戮



極東ブログ: 仏教の考え方の難しいところを読んで思い出したことを.


トマス・ネーゲルの「コウモリであるとはどのようなことか」に「戦争と大量虐殺」という文がある.ベトナム戦争の最中に書かれた文章で,「戦争行為によって提起される最も一般的な道徳的問題 -- 手段と目的の問題 -- について論じ」たもの.久しぶりに読み返す.


この文のテーマは,囚人を拷問にかけて将来の大災害を回避するのに必要な情報を得たり,爆弾で村を壊滅させることでテロ活動を阻止したりするときに引き起こされる「道徳的葛藤」.著者は,この葛藤を引き起こす二種類の道徳的考え方を「功利主義」と「絶対主義」と呼ぶ.


功利主義は,将来起こるであろうことを優先する.善を最大にし,悪を最小にするよう努力し,より少ない害悪を生み出すことによって大害悪を避けうるのなら,より少ない悪を選択する.一方,絶対主義は,将来起こることではなく,人が何をしているかを優先する.


ただし,この文で述べられる絶対主義は,「人はいかなる状況においても,すなわち,そのことによってどれほどの善が得られ,どれほどの悪が避けられえようとも,殺人をおかしてはならない」という平和主義とは異なる.次のような見方を提示する.



絶対主義的立場によれば,意図的に罪のない者の命を奪うことは虐殺であり,戦争において罪のない者とは非戦闘員のことである.



ここで注意が必要なのは,「罪のない」とは道徳的無罪の意味ではなく,「さしあたり害がない」を意味していること.罪の有無を,対象としてる人物が持つ直接的な脅威や有害さに基づいて判定する.このような見方に基づいて,功利主義と絶対主義について,次のような考察が提示される.



絶対主義は,自分自身を大きな世界の中で他者と相互行動している小さな存在者とみなす見方と結びついている.絶対主義が要求する正当化は,第一に相互人格的である.功利主義は,自分自身を,無数の他の存在者 --自分が個人的に係わっていようがいまいが --に対して自分の統御しうる利益を分配する慈悲深い官僚とみなす見方と結びついている.功利主義が要求する正当化は,本質的に行政的である.



絶対主義が相互人格的,功利主義が行政的.この絶対主義は,相手が自分にさしあたって害をなしうるか否かを判断することを要求する.そして,例えば,自分に銃口を向けている(自分に害をなしうる)人物に向けて銃口を向け返すことを禁じない.一方,非戦闘員を虐殺する兵器の使用のいかなる正当化も認めない.



(絶対主義的)直感だけが,大規模な殺戮に対する功利主義的弁明という深淵の手前にある,唯一の柵(である).




(功利主義と絶対主義の)二つの型の道徳的直感は一つの整合的な道徳体系には統合されえない(中略)可能性がある.




世界がわれわれに提示する道徳的問題のすべてに対して解答がある,と考えるのは無邪気にすぎる.



仏教には功利主義が入ってるらしい.そういった考え方を否定する考え方には絶対主義が入ってる.今日はもう寝よっと.



コウモリであるとはどのようなことか

コウモリであるとはどのようなことか



  • 出版社/メーカー: 勁草書房

  • 発売日: 1989/06

  • メディア: 単行本




2007年4月23日 (月)

電子マネー nanaco



セブン&アイの電子マネー「nanaco」がスタート


極東ブログ: nanacoな世界


まずは,古典的な「ポイントカード」の電子版として導入されるようです.そのカードを持って,特定の店で買い物すると,ポイントがたまる.このことで,顧客のリピート率を向上させる.競合他店に客を渡さないための常套手段なのだと思います.


実際の通貨を使わないことは,とても大きな意味を持ちそうです.よく知られた例では,ゲームセンターへの電子マネーの導入の効果があります.ゲームセンターで実際の通貨を使うと,その業務形態からゲームの価格が「Oneコイン」に限定されることが多く,10円,50円,100円にしかできませんでした.そして,その価格の変更には,Oneコインを投入する機械に組み込まれた通貨読み取り装置を変更する必要があって,すごい手間でした.ところが,電子マネーを導入すると,ゲーム一回あたりの価格を柔軟に・簡単に変更できるようになります.その結果,例えば人気のないゲームの価格を下げたり,タイムサービス(この時間にこのゲームをすると安い)を導入したり,各ゲーム機を適切に稼動させることが可能となり,顧客には色々なサービスを提供できるようになります.ゲームだけではなく,自動販売機や無人ガソリンスタンドなど,無人決済の場面で大きな威力を発揮しそうです.そして,そういうサービスを享受できる機会が増えると顧客から見たnanacoの魅力が高くなって,セブンイレブンの集客力もあがります.記事の中の次の台詞はそういう意味なのだと思います.



式典で村田紀敏セブン&アイ社長は「(他の企業との)ポイント連携を強化し、セブン銀行のATMでもチャージ(入金)できるようにする。流通業界にとって最強のカードにしたい」と意気込みを語った。



プライバシー云々を指摘する人も居そうですが,ポイントカードやキャッシュカードの利便性とひきかえに自分の購買情報をとっくに売り渡してる人が圧倒的多数です.


携帯電話のような情報機器と組み合わせると,例えばコンサートチケットの支払いを電子マネーでおこなった顧客に対して,コンサート終了時刻に,コンサート会場の近くの飲食店の広告をメールで配信する,といったサービスも可能です.こうして囲い込めるわけですね.


今回のnanacoの話は,とても大きな流れのひとつだと思います.


2007年4月20日 (金)

ログ



個人的に真っ先に思い出したのは附属池田小の事件で,宅間守のことだった.検索をかけて幾つかの当時の記事を読んで,さらに暗澹たる気分に.人を無差別に殺すまでの経緯を仔細にみてもキーイベントは見つからないのだろう.両者ともに無差別殺人の凶行を犯した人物なので共通項があって当然ながら,宅間守もチョ・スンヒ容疑者も犯行後に開陳した世界観が極めて未熟で驚く.この驚きについては,この記事が視点を与えてくれた気がする.


長崎市の事件では,加藤紘一氏の放火事件を思い出した.平成2年にあったという長崎市長の銃撃事件は記憶になかった.同じ日にこの事件とバージニア工科大の事件とが起こって強く暗い印象が焼きついたが,もちろん互いに独立な殺人である.凶器が双方ともに銃であったことには個人的には関心が向かない.憎悪の対象は政治家,進学校の児童,若い女性,金持ち.笑いの介入する余地がない.


Cabinet



日経新聞,中野香織氏「モードの方程式」はいつも面白い.今日の記事から抜粋.



(英単語の)キャビネットは内閣も意味するが,それは十八世紀始めに初代英国首相になったサー・ロバート・ウォルポールが,大臣たちを私室(Cabin)に招いて会議を開いたことにちなむ.



へー.そのcabinetの単語が山小屋や船室をあらわすキャビン(Cabin)に由来してることとか,写真のキャビネ版の由来とかがいつもの筆致で書かれていた.


2007年4月19日 (木)

値段俳句



長嶋有氏の作品のひとつに値段俳句がある.


値段俳句


折に触れて,たまに思い出す.



(前略)だとしたら「値段」を「季語」のかわりに使っても、日本に生活する誰しもの心にある「体内経済」を誘発して、俳句のなにかを高めることが出来るのではないだろうか、と僕は考えた。



とのこと.例えば次のような句が並ぶ.一つだけ挙げさせていただいて.



早口言葉上手にいえた50円



今日の勤務中の昼休み,構内にあるいつもの食堂が混んでたので,外にある「お持ち帰りお好み焼き屋」に行ってみた.その店は,あることは知ってて,気にもなってたけど,行ったことのなかった店.行ってみると,お好み焼きは1種類のみで1枚250円だった.屋台にもお好み焼きの持ち帰りはよくあるし,



  • お好み焼き持ち帰って250円


は普通で体内経済的にもしっくりくる.けれども,そのお好み焼きを「昼食」として眺めると,なんだか貧弱だ.量とか質とかの問題ではなくて,体内経済の問題らしい.500円より安い昼食は貧弱で,500円より高い昼食は贅沢と判断する体内経済が私には組みあがってしまってる.いつも食べる食堂のメニューがその程度だからかもしれない.



  • 職場の昼食500円


お好み焼きは結構大きかったけど,500円に近づけるために(そのためだけに),お好み焼きのほかに



  • 豚入り焼きソバ200円


も買ってしまった.お好み焼きと焼きソバあわせて450円.ビニール袋にぶらさげて,ぶらぶら職場に戻ったことでした.



  • 帰り道ハナミズキの下30円

2007年4月18日 (水)

万馬券



爆笑問題・田中、万馬券の配当金は797万円だった! ニュース-ORICON STYLE-


すごいなぁ.


これを見て人気の低い馬券を買う人が増えたりすると,その結果は,1番人気の馬券を買ったときの期待値が上がって万馬券の配当期待値が下がることになって.こういうイベントに影響を受けて万馬券の購入枚数を増やすのは素人で,そういう素人を掬い取るのが玄人で.



2007年4月17日 (火)

朝の教育テレビ



出勤前のテレビはNHK教育テレビ.ハイ・クオリティです.



  • やさいのようせい」は素晴らしい作品ではないかと.天野喜孝に原田知世.なんというか,40を目前にしたおっさんには応えられないキャストです.

  • えほん寄席」.子供ではなくて,親の我々世代を対象とした番組ではないかと.絵といい話といい,面白いです.

  • ピタゴラスイッチ」.言わずと知れたこの番組のなかの「ピタゴラ装置」は,古典的には「ルーブゴールドバーグ・マシン」と呼ばれてた装置ですね.Wikiには次のように説明されています.



普通にすれば簡単にできることを、手の込んだからくりを多数用い、それらが次々と連鎖していく事で表現。ルーブ・ゴールドバーグはその複雑さや面倒臭さ・無駄加減さに着目し、20世紀の機械化への道を走る世界を揶揄した。



ピタゴラ装置も上の定義にあてはまると思いますが,もう少し「教育的」な配慮がありそうです.すなわち,個々のパーツだけをみていてもその機能が判明せず,装置が稼動するにつれて他のパーツとの関係が変化し,個々のパーツが果たす機能も変化する.そのような変化が必ず現われるように毎回意識してデザインされてるように見受けられます.これは「アルゴリズム体操」の「一人バージョン」だけ見ていてもその人が何をしてるか分からず,ところが隣の人の動きと組み合わさるとその機能が判明することと同じです.この観点からみて,従来の「ルーブゴールドバーグ装置」とは一線を画すというか,やっぱり「教育的」だと思います.


[rakuten:guruguru2:10205578:detail]



ピタゴラ装置DVDブック1

ピタゴラ装置DVDブック1





2007年4月16日 (月)

白いポロシャツ



3月末から4月初旬にかけて,身長100cmくらいの子供のための白いポロシャツが品薄になるようです.幼稚園に新しく入園する子供たち(の親)が,新たに数多く購入するため.親戚から「幼稚園に言われて,この4月から入園する自分の子供のために100cmの子供用のポロシャツを捜してるけど,どこも売り切れてて見つけられない.そちらにないか」と聞かれて,近所の店やネットを探し回ったけど,確かにどこも品切れ.


毎年この時期にほぼ決まった数だけ売れそうな商品だけに,品切れになってることが意外.


2007年4月15日 (日)

枕と背筋



昨日,枕を新調しました.4年ぶりに.4年前はデパートの寝具売り場にいって,ピローフィッターと呼ぶのだったか専門家に首の長さとかを計ってもらって,枕の硬さとかを調整してもらいました.で,その枕に代えた直後はすこぶる寝心地がよくなって,眠りも深くなって,枕おそるべしと思ったものでした.


ところが4年間経過して,その枕があわなくなりました.枕の中の素材も劣化して形が変わったことも理由のひとつかもしれませんが,それよりなにより,背筋をはじめとして各種筋肉が落ちてきて,上半身が一回り小さくなって,これまでの枕が高すぎるように感じられ始めたのでした.ここ数ヶ月,なんだか「寝ることに失敗」することが多かった.


そこで,寝具屋に行って,枕の新商品を端から順に試して(店の中のベッドで横になって実際に枕をあててみて),気に入ったものを買った次第.これまでの枕より低くて横に広くて,内側の素材の流動性の低いもの.さっそく昨晩使って,大丈夫そうでほっと一息.


ところで背筋の衰えは,枕が高くなったことで気付いたのではなくて,自分の姿勢が悪くなった(緊張感を保った姿勢を長時間維持できなくなってきた)ことで気付きました.背筋や上腕の二頭筋などなど,引っ張るときにメインでつかう,体の裏側の筋肉の衰えが顕著.なんとかしないと.なんとかしよう.


そういえば,昔は雑誌なんかで「体を逆三角にっ」とかいう暑苦しい話題のときに,たまにベンチプレスとか腕立てとかを薦めてるのを見かけたけど,今はどうなのかしらん.シルエットを逆三角にするだけが目的(なんじゃそれ)なら,大胸筋を鍛えてもあんまり効果なくて,プルダウン(参照)とかをしないといけない.例えばラグビー選手は,体格はゴツイけど,「逆三角」の人は意外と多くない.


2007年4月13日 (金)

売春の日本史



雑誌「考える人」で連載されていた「売春の日本史」(小谷野敦氏)が最終回を迎えた.たまに混ざる他者を攻撃する文言には最後までなじめなかったけれども,でも,いろいろ面白かった.最終回の最後のほうでは,次のような意見が述べられていた.



ヨーロッパ諸国では,エイズの出現以後,性病の蔓延を防ぐ目的もあり,オランダ,ドイツ,フランス,英国等で,漸次売春は非犯罪化されていったが,日本や韓国では,依然として,非合法だが存在するという状態である.




しかし,エイズという梅毒より恐ろしい性病が現れたいま,売春を非合法だが存在する状態にしておくのは,現実的政策とはいえないだろう.ヨーロッパ並みに合法化し,性病予防を徹底するべきであろう.



自分の生きてるうちに売春が合法化されてほしい,と普通に思う.著者が指摘してるとおり,今は,売春が存在するにも関わらず隠蔽されている.おまけに,その手の何かが売春地帯に囲い込まれることなく,世間一般に浸潤している.…売春が合法化された社会がどのようなものか,住んでみて感じてみたいと普通に思う.でも売春を合法化しようなんて言う人物は,選挙で勝てないよな.


2007年4月12日 (木)

変化は秩序そのもの



一点を注視しているときでも、目は微動してる。薬品でこの微動を止めると、モノが見えなくなるとかなんとか。網膜を構成する光刺激に反応する細胞は、水晶体から見て、網膜上を走る血管よりも外側にある。カメラに例えると、フィルムの表面に血管が走ってるようなもので、いつも血管の影が視野に映り込みそうなものだけど、実際には我々の視野に網膜表面を走る血管の影は見えない。水晶体を通って結ばれる外界の像と血管の影とを区別するには目を微動させれば良くて、微動にともない動くのは外界の像で動かないのは血管の影。そして、微動しても動かない像を無視する機構があれば、網膜表面の血管に邪魔されずに外界を見ることができる。


微動することにはきっとすごく深い意味があって、例えば静止してる外側の世界を注視していても微動のせいで映像が揺れて、一個の視細胞が感じる光刺激の強さも時間変化する。空間的な明暗の「差」や時間的な明暗の「変化」こそが最初に知覚されているのだろう。実際、そういった考察に基づいた面白いイメージセンサが提案されてもいる。変化してることが常態で、ただし対象に応じて変化の仕方が変わる。


さっき読み始めたドラッカーの本に次のような文が出て来て、上の話を思い出した次第。思い出された内容は、本の内容とは全然関係ない。



今日、われわれは変化それ自体を良いとも悪いとも見ない。たんに常態とする。秩序を変えるものとは見ない。秩序そのものと見る。



2007年4月11日 (水)

ダルフール危機



ここはホコリのように小さなページだけど,でも,リンクしないよりはましかもしれない.


Googleがダルフール危機問題にGoogle Earthでコミット! - finalventの日記


「Google Earth」にダルフール紛争に関する新レイヤー追加


Google Earthで表示



国連の資料によると、ダルフールでの4年に及ぶ紛争で、少なくとも20万人が殺害され、200万人以上が家を失い、避難民となっている。ダルフールの住民で、元赤十字職員のダウド・サリ氏は、ダルフールでの殺りくを止める唯一の方法は人々に情報を提供することだとし、「人々は大量虐殺がどういうものかを知る必要がある」と述べた。またグーグル幹部のエリオット・シュレージ氏は「このサービスにより、ユーザーはダルフールの破壊を映像で見て知ることができる。これは以前にはなかったことだ」と強調した。



2007年4月10日 (火)

国王の肖像



asahi.com:朝日新聞のニュースサイト


そういえば.


王国では紙幣に国王の肖像が描かれることが多くて,そして肖像にはメガネやひげを落書きされやすいのも万国共通.落書きされた国王の肖像が出回るのはまずい.そこで,銀行に流通してきた紙幣はチェックをうけて,汚損紙幣だけではなく,肖像に落書きされてる紙幣も破棄する.そういう話を随分昔に聞いた.


つばめ



通勤途中につばめを見た.今年初.


2007年4月 9日 (月)

ただいまかんがえちゅう




  • 小学校:父,母,友達のおとうさん,かぶとむし,バッタ,トタテグモ,ミズスマシ,カマキリ,ミノムシ,夏休みの自由研究,顕微鏡,ミジンコ,ボルボックス,学研の科学と学習,ふしぎシリーズ,カブトエビ,生物記(万足卓),放散虫の写真



  • 中学校:同級生,頭の体操,マーチンガードナー,ベーシックマガジン,半田ごて,お風呂ブザー,ブルーバックス,科学雑誌ニュートン



  • 高校:本,同級生,物理の授業,化学の授業,原子核と電子,光,アインシュタイン,相対性理論,ビッグバンとか銀河系とか,遊びの博物誌,エッシャー,ポケットPC,ラジオの製作,SF小説



  • 大学:本,指導教官,先輩,同級生,教養の授業,ポストモダン,ホフスタッター,ミンスキー,ペンローズ,寺田寅彦,微分幾何,サイバネティクス,超音波計測,形状解析,画像処理



  • 会社:同僚,上司,同じ専門の人


Webがなかったんだなぁと思う.特に小学校のころの諸々の体験の一部がWebによる情報吸収へと置き換わる状況が想像できない.将来の仕事を想定して自分の好みや勉強する事柄をコントロールしたことが全く無かったことについては反省するわけでも無く,王道だとも思わず.


ただいまかんがえちゅう.



クインテット ゆかいな5人の音楽家 なに!これ!

クインテット ゆかいな5人の音楽家 なに!これ!





2007年4月 8日 (日)

錯覚



Big Spanish Castle


色の知覚も化学反応だったのだなぁと思う.


2007年4月 4日 (水)

土星表面の六角形



遅ればせながら,メモ.土星の北極にある地球4つ分の大きさの6角形.


NASA - Cassini Images Bizarre Hexagon on Saturn


自然に現われる「かたち」を鑑賞する楽しみは,その背後にあるからくりを想像したり知ったりすることにあると思う.


2007年4月 3日 (火)

「サラリーマン」は差別語である



「サラリーマン」は差別語であると指摘する文を最初に眼にしたのは,筒井康隆氏の作品だった.まったく,そのとおりだと思う.



わたしはサラリーマンを尊敬する.毎朝毎朝満員の通勤電車に乗って.



ってな文章を読むときに,その差別を強く意識する.なんだそれ,満員電車に乗ってることは仕事のコアの大変な部分には含まれてなんかいねーよ,と思う.


「好きを貫く」ことと大企業への就職 - My Life Between Silicon Valley and Japan


このエントリーは,いわゆる「釣り」なのかしらん.


大企業が好きな人に対して連想する特性の第一が



与えられた問題(課題)を解く(解決する)のが好き。その問題(課題)を解く(解決する)ことにどういう意味があるかとかよりも、その問題が難しければ難しいほど面白いと思う。



と書かれてる.「大企業が好きとはどういうことか」という設問設定が絶妙で,サラリーマンが読むととても不快なのに,不快感の表明がしにくい.その不快感の出所には,サラリーマンの被差別意識がある.


それにしても,大企業が好きな人は「与えられた」問題を解くのが好きという指摘は,まったく舐められたものだ.「それも才能のうち」は事実だろうけど,今私がいらだっていることはそういうことではない.


このエントリーを含めて,サラリーマンによる感情的で非論理的反応が今後も多数生じるだろう.そしてそういう反応をした人の多くは,後から後悔するだろう.


2007年4月 2日 (月)

文化財のデジタル複製



今日の日経夕刊にキャノンの「文化財デジタル複製保存」(参考)の話が掲載されていた.襖絵や屏風絵を実物大かつ精巧に複製する技術.


音楽は複製されて市場に流通することが前提だけど,襖絵なんかは違う.もともと貴金属の価値には希少性も含まれてるけど,「文化財」の価値には複製できないことを含んでたのかしらん,よく分からない.浮世絵の「版画」なんかは,複製がオリジナルだし.価値を何で計るかに依るか.



  • 美術館や博物館の価値が,文化財や美術作品の希少性に依存してたことは間違いのないところだ.



  • 少し強調したいのは,忠実な複製は極めて難しいということ.計測の過程で色や明るさに歪みを生じさせてはならないし,計測した図案を印刷する過程で照明や紙質に対する特性を変化させてはならない.キャノンの複製技術や大日本印刷の複製技術は,ハイテクの名にふさわしい.



  • 「なんでも鑑定団」風に価格をつけるとして,オリジナルより複製のほうが高くなることはありえないのか.価格の決定プロセスがオリジナルと複製とでは違うから,複製手段によっては,価格の逆転もありえるのではないか.例えば複製に用いるインクの合成が容易ではなく,希少だったりして.



  • どんなに詳しく見ても区別できない二つは identical だ.オリジナルと複製の「差」が知覚できない範囲で,両者は交換できる.



  • オリジナルだと思ってありがたいと思って見ていた作品が複製だと知らされたら,がっかりする.その落胆の出所は,希少性の傍にありそうだけど,希少性そのものではなさそう.作品の作者を敬う感情とも関係が深そう.例えば流通過程が完全にデジタル化されていても,「マスターファイル」は複製より高い価値を持つのではないか.

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