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2007年6月18日 (月)

一太郎と律令的官僚制



網野善彦の対談から抜粋.



文字の中のひらがなとカタカナの役割については,前からずっと気にはなっていました




口語の表現になるとカタカナが使われる.神様,仏さまに願いごとをしたり,誓ったりした文書にカタカナが多く出てくる




室町から江戸時代になると,カタカナは少数派になってくる




もとを辿ると,これ,律令国家まで行ってしまうんですね.つまり漢字が外から入ってくる.それを受け入れたのはもちろん首長クラスの上層の人でしょうけれども,それが組織された律令国家が徹底的な文書主義なんです.これは相当徹底していたようで,出羽の秋田城からも,一生懸命手習いをした形跡のある木簡が出てくる.



中央からの文書がひらがなと漢字で書かれているから,ひらがなと漢字が読めないと仕事にならず,地方の人が必死で習得する,という話であるもよう.


昨今,MS-Officeの2007とかで結構いろいろな部分が変わったりしましたが,中央=文科省から大学への電子的な文書が「一太郎」の書式で届いたりするので,今でも大学事務の文書作りに一太郎は欠かせません.文科省の文書がずっと一太郎である理由は,過去の文書の一部分(日付とか人名とか)を修正して新しい文書を作ることが多いからではないかと想像してます.


後世の人が「2000年代初頭は大学では一太郎と呼ばれるワードプロセッサを使っていた.当時既に多種多様なワードプロセッサが普及していたが,それでも一太郎を使い続けていたことを見ても,大学という組織が画一的で保守的であったことが分かる.」とか判断しやがったら,化けて出てやる.


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