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2007年6月 1日 (金)

背番号と戸籍



米国では「戸籍」の管理はなくて,SSN(Social Security Number)をIDとして各種個人情報を一元管理していた.便利な制度だと思うし,背番号制のほうがクリアだと思うし,人の流動が強くなるほどそういった制度が望まれるようになりそうな気がしていた.そして,単純に背番号制と戸籍制は簡単に同居できそうな気がしていた.でも,下のページを読んで唸ってしまった.


極東ブログ: 事実婚夫婦の戸籍裁判、雑感



日本の戸籍というのも近代日本が古代幻想から生み出した奇妙な制度ではあるが、それなりの国家幻想の制度としてとりあえず成立している(戸籍法は戦後に廃棄されていない)。



背番号制と戸籍制度とは,背後の考え方が随分異質であるらしい.いわれてみれば,なるほど,そうだ.wikiによると,次のとおり.


日本の戸籍制度



1872年:明治5年


前年制定の戸籍法に基づいて、日本で初めての本格的な戸籍制度が開始された。



戸籍に関連して「旧身分」の記載がいまだに保管されていることを知って驚く.「戸籍法は戦後に廃棄されていない」の心を少し知る.戸籍法については次のような記載が.



1947年第二次世界大戦後の民法改正による家制度廃止に伴い、従来のものを全面改正し、現行戸籍法が制定された。



家制度



明治民法に採用された家族制度であり、親族関係のある者のうち更に狭い範囲の者を、戸主と家族として一つの家に属させ、戸主に家の統率権限を与えていた制度である。江戸時代に発達した武士階級の家父長制的な家族制度を基にしている。



「家父長制」には,なんだか悪い印象がベッタリと塗りつけられてる気がするけれども,「家」から暖簾を分けてもらったり,「家」に嫁いだり,きっと日本の「公」とか社会的な「倫理感」のようなものとも不可分な制度なのだろうと想像する.「家」を単位にいろいろと社会が動いていた時期があるようで,なるほど,個人を主体とするバイオメトリクスの考え方が日本に定着しにくいわけだ.


バイオといえば生体で,生物の体は臓器とか魂とかの入れ物ではない.体を構成する細胞は生まれたり死んだりして新陳代謝を繰り返し,同じ体であってもそれを構成する物質はどんどん入れ替わっていっている.戸籍という「入れ物」で構成員を管理する仕方と決別するのは,結構大変かもしれないと思った.


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