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2008年3月26日 (水)

通り魔



犯人の顔がいわゆる悪相ではないので戸惑う。ひげも剃ってあって短髪で、「いわゆる殺人犯」の姿かたちのテンプレートと一致しない。友人の父親が強盗に殺害されて、裁判とかを経験して、随分経ってから、「結構頻繁に殺人って起こってるんだよ」と呟いたのを思い出す。わたしが保有するテンプレート、殺人事件とか殺人犯とかに関するモデルのほうが間違えているのだ。モデルにあうようにデータを歪めてはならない。


土浦通り魔、1月から計画「おれが神だ」 - 社会ニュース : nikkansports.com


人を殺害することとゲームをすることの間に相関があるかどうか分からない。分かっていないはずだけれども、この手の事件では必ず言及される。機能不全なテンプレートの一つではないかと思う。ブルボン小林氏は、ゲームの残酷な描写に対して、周囲の人が眉をひそめるのと「ありえない」といって笑うのとでは違うと言及してたことがある。ゲームがフィクションであることを伝えることに成功するのは、もちろん後者である。ゲームをするときに「周囲の人」が居るかどうか、眼の前の子のゲームに共感しつつも相対化してくれるような他者が居るかどうかは、気にしても良いかもしれないとは思う。



インターネットでサバイバルナイフを手に入れ



ネットで買ったという一文も、ある種の効果を与えるためにわざわざ挿入されているのだろうと思う。そして、効果の受け方は世代によって随分違うのだろうと想像する。昔のように刃物屋のおじさん・おばさんからしか刃物を買えない社会システムに戻ったとして、少年が刃物を買いに来たとき、その少年の眼をじっとみつめて人の殺害をためらわせるような何かを伝えるようなコミュニケーションは成立するのだろうか。


…この話、結語のある文章にはならない。


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