2020年1月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 通り魔 | トップページ | フキノトウの佃煮 »

2008年3月30日 (日)

アズールとアスマール



フランス映画。アニメーション。冒頭の舞台は中世のフランスかどこか、白人の国である。白人貴族の家に、アフリカかどこかからの移民で肌の黒い乳母が居る。貴族の家の男の子で肌が白く眼の青いアズールと、乳母の子で肌の黒いアスマールは、二人とも兄弟のように乳母に育てられる。乳母は、毎日自分の祖国に伝わる「ジンの妖精=永遠の愛」の物語を子どもたちに聞かせる。ジンの妖精は幽閉されていて、王子に救い出されることを待っている。


アズールは、ある日馬小屋で遊んでいる途中、強引に家庭教師に連れられて、街で教育されることに。同時に乳母とアスマールは無一文で貴族の家を追い出される。時経てアズールが青年となって戻ってくると、乳母の祖国へと海を渡り、ジンの妖精を救い出すべく海を渡る決意をする。


映画中の旅の道程は、おおよそ、出エジプト記の逆である。モーセが出エジプトしたときは海が割れて道ができたが、アズールは滑稽なほどあっけなく波にさらわれ、無一文で乳母の国の海岸に漂着する。そこは不毛な地で人には不具の者が多く、死臭の漂う国であった。その国では青い眼は不吉であると恐れられ、人から忌み嫌われることを知り、アズールは眼を閉じ盲人としてふるまうことを決意する。


アズールにとって青い眼は、現実を見すえる器官であると同時に、彼の出自を語るIDそのものである。眼を閉じることは異国で自分の出自を隠して暮らすことでもあろう。盲人になりIDを隠したとたんに、アズールと同様20年前からこの異国の地で暮らすクラプーという男が接近してくる。異国で不安なときに現地のことをよく知っている者と出会うことは、嬉しいことである。アズールはクラプーを肩に背負い、旅をする。クラプーも20年前にジンの妖精と会いにこの地に来たとのこと。


ジンの妖精と会うには3つの鍵を必要とする。


アズールとクラプーは最初に灼熱の寺の廃墟に辿り着く。廃墟の壁にアズールが手で触れると一か所だけ暖かいタイルがある。次にクラプーと二人で寺の中に入ると、床がなくて地下に落ちる。そして、そのあとにタイルの中から1番目の鍵を手に入れる。床ががなくて地下に落ちることからは、移民ネットワークの地下組織に身を落とすことを想起する。地下に落ちる直前に手に触れたアラベスク=絡み合う糸の模様の温かさは、人とのコミュニケーションの温かさを想起させる。


次にアズールとクラプーは、街へと向かう。街で二人は物乞いをする。街の人は総じて皆親切であり、クラプーとアズールは次々と施しを受ける。街で最初に通り過ぎるのは毛糸の染物屋で異臭がする。糸といえば人とのコミュニケーションを想起させる。青・黄・赤の原色に染め上げられた糸からは、過激な色に染め上げられたイデオロギーを私は想起した。イデオロギーは人を死に追いやる。映画中の腐臭は、その警告であろう。20年間ひそかに街を愛しつつ暮らしてきたクラプーが異臭を染物屋から感じ距離をおくのは頼もしい。きれいな毛糸を見てクラプーは「灰色もねえんだ」と言っている。ナイス。移民ネットワークには、原理主義的イデオロギーに染め上げられた人的関係が随所に混在していることだろう。


次に、アズールとクラプーは市場にやってくる。そこには香辛料売り場が多く、染物屋の異臭と対局的である。そして、そこの香りの寺院を前に、アズールはクラプーと離れ「独りで」屋根に上り、2番目の香りの鍵を手に入れる。移民ネットワークで他者と同調しつづけるとイデオロギーに染め上げられるかもしれない。アズールは自らの五感と考えを信じて、そういった異臭をなぎ払う鍵を手に入れる。ただし、そういう独歩をしたとたんに、屋根から落ち、現地商人の店を壊す。独歩することは少なからぬ軋轢を生む。アズールが壊した店は香辛料屋であり、白い服は赤や黄色にうっすらと染まる。イデオロギーについて無知でもなく、原理主義に染まるわけでもなく、思想的なアマルガムの実現を想起する。


その直後、生き別れた乳母と再開する。乳母の家の門は青い鉄門扉であった。青は自由を表すが、さて。乳母がアズールを同定できたのは、ID=青い眼をアズールが開けた時であった。アズールは漂流して以来はじめて、自らの青い眼で、自らの出自を隠すことなく行動しはじめる。ただし、アズールの最も良き理解者であるはずの乳母でさえ、再会時にアズールの飢えに気づかなかったのは、印象的である。


乳母と暮らしていたアスマールは、貴族の家を無一文で追い出されたことを根に持っていてアズールに対して心を開かない。彼もまた、ジンの妖精を手に入れるべく活動しており、明日がその出発だという。アスマールも一緒に(ただし、気持ちはバラバラのまま)出発することにする。


出発に際して、クラプーを従者にし、ユダヤ人の老学者と、王室の姫君と会う。前者からはジンの妖精に会うまでの手続きを教えてもらい、後者からは手続き実行の際の困難に立ち向かうためのアイテムを手に入れる。老学者との会談は時報で打ち切られる。老学者=経験を積んでいる者には残り時間が少ないことが映画中で語られる。「過去」の存在であり、ただし「経験」の宝庫でもある。一方、姫君はまだ幼いながらも教育の成果で聡明であり、この国の「未来」そのものでもある。現代的な「知識」を持つが、本物の土や木を見たことがなく経験が足りないことが映画中では語られる。また、姫の口から、現在この国には争いが絶えないことが語られる。


ジンの妖精を求める旅の途中アズールとアスマールは二手に分かれ、そのとたんにアスマールが山賊に襲われる。アズールは命を顧みず、アスマールを救出に向かい、そこで負傷する。しかし、再び二手に分かれて旅を続け、アズールは赤いライオン(青い爪)と出会う。一方のアスマールは赤い巨鳥とである。これら2匹の獣はジンの妖精のいる洞窟を守護する難敵である。獅子と鳥からエジプトがらみで思い出すのは、スフィンクスである。ふたりとも「王道」に近づいている。


アズールもアスマールもともに獅子と鳥を手なづけて、洞窟に入る。そこには山賊とピラミッドがある。ここでアスマールは、アズールを山賊から助けるために行動し、深手を負う。この洞窟からジンの妖精の場所まで通じる秘密の通路への入り口は、太陽の像であり、その扉は顎を押すことで開く。乳母の顎髭といい、太陽の顎といい、この映画では王に関わる顎の部分に印の付いていることが多い。アズールが手に入れた二つの鍵と、アスマールが持っていた3番目の鉄の鍵によりついにジンの妖精との再会を果たす。ただし、再開できたのは彼らが正しい行動をとったからではなく、妖精が彼らを気に入ったからであった。善行に対する報いというわけではなさそうである。


アスマールの鉄の鍵は剣=武力に関わるものである。前二つの鍵が移民してきた側の鍵であり、あとの武力の鍵は移民を受け入れる側の鍵である。アスマールはこの鍵を持っていることを最後までアズールには打ち明けていなかった。恐ろしいことである。


最後、アズールとジンの妖精(=アズールにとって異国の愛)、アスマールとエルフの妖精(=アスマールにとって異国の愛)、クラプー(道化)と乳母(母の王)、ユダヤの老学者(過去と経験)と幼い姫(教育と未来)、の4組で和を構成し、大団円を迎える。


« 通り魔 | トップページ | フキノトウの佃煮 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: アズールとアスマール:

« 通り魔 | トップページ | フキノトウの佃煮 »