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2008年5月16日 (金)

1960年代後半のシリコンバレーの熱気



の話を皮切りに始まった、鈴木幸一氏の講演を聞く。優秀な学生がシリコンバレーに集まった背景の一面、ベトナム反戦と良心的徴兵拒否と軍の予算の使われ方とか。Counter cultureとして、アナーキーに、既成の体制を壊して新しいものを作るんだという意思がインターネットのテクノロジーを生み出したのだ、とか。そういう歴史的背景を知らずに、本当の意味での、いわゆる「IT化」などできない、とか。ここに全文を記すのは適切ではないような、アジテーションとまではいかないまでも、刺激的な内容の講演だった。いくつか、メモ。



法で禁じられているから行わない、という発想では世の中は変えることができない(「検索」を許す法などないのに、検索は使われているし、世の中が変わったではないか)。




人と人とのコミュニケーションが煩わしいということを知らないうちにバーチャルな世界での情報交換にハマル人が居ることがとても怖い。例えば子供のブログなど、禁じても良いのではないか。




Winnyのような、すごいツールで、なおかつ悪用もされうるようなツールを作った時に、それを社会に流布するにはそれなりの手続きが必要で、米国はそういう手続きの必要性を文化として共有しているけれども、日本にはそれがない。



その他、知財をめぐる不自由や、ポルノをめぐる中国―日本―米国間のパケット量の話や、国に取り込まれたがる困った人たちの話や、通信と金融工学という「インフラ」の話とか、いろいろ。面白かった。


滑稽だったのは、その講演に直後に学会の人のスピーチが学会参加人数の年ごとの減少をなげいたあとで、「産学連携」の重要性と「産業と知財」の重要性を説いて、ガンバローという挨拶をしていたことであった。


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