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2008年7月10日 (木)

教員の体内時計

学部の2年生や3年生相手の講義は開始時刻と終了時刻が決まっていて、一回90分。この一回90分の講義を週に数回ずつ繰り返す生活を何年も続けている。最近気づいたのは、この一回90分の講義のリズムがいつの間にか体に染み付いたということ。

例えば、講義以外で、研究室の学生相手に(ディスカッションではなく)専門の内容について解説せざるを得ない状況が頻繁に発生する。学生と私の都合の付く時間帯に集まって、解説を開始する。黒板やホワイトボードに向かって字を書きながら解説をしゃべり続ける。

特に終了時刻を定めることなく開始しても、今日の解説はここまでにしてしゃべるのを辞めようと思うのは、開始してからほぼ正確に90分後である。時計をみなくても、誤差は±5分もない。疲労の蓄積具合が「辞め時」のバロメータになっている気がする。

こういうヘンなところで、自分の職業を強く意識する。

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