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2008年8月21日 (木)

google streat view 感想

車で四方八方写真を撮りながら走ったわけで、お金と人と時間の注力の仕方には、執念のようなものを感じて、恐れ入る。それにつけても、インタフェースも含めて、よくできている。

表示される画像は静止画で、カメラ中心の回転のみができる。つまり、情報としては3次元ではなく2次元のままである。(位置固定でカメラを回転させたときの画像を擬似的に1枚の静止画像から生成するのは容易だ。)また、今のところリアルタイムで画像が変化しているわけでもない。ある時刻のパノラマの静止画が、位置をタグに公開されているということである。

公道から撮影した静止画の集合で国民が裸になるようなことはないし、「プライバシーは法的に保護さるべき人権ではない」というのはそのとおりであろうと思う。

広域な時間・空間に対して情報を密に記録しておいて、位置や時刻やキーワードをタグにして容易にアクセスできるようにすること。そのような情報再構築はグーグルによって始められたばかりであり、再構築される情報が今後持つことになるであろう価値を正確に評価するのは易しくない。

ストリートビューに対する議論は、「今現在」便利なのか気持ち悪いのかという視点が支配的な気がする。重要な議論だとは思うけれども、もう少し長期的な視点に立った議論があっても良いように思う。例えば、大地震や戦乱で町が崩壊したとき、崩壊前の町の様子が記録として残っているのは貴重だと思うし、今後定期的にストリートビューの画像が更新されるのであれば、各位置における町の変化を観測できるようになる。そういう情報もそれなりに貴重なのではないか。そのほかにも、幾らでも社会的に有用な応用を思いつく。

後世のためやイザというときのために、今現在気持ち悪いのを我慢するのは筋が違うし、気持ち悪いと感じる人がいるのは理解する。でもなんというか、ストリートビューを巡る議論の幾つかは、対象の可能性の大きさの割りに、幾分こじんまりしすぎている印象を持つ。

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