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2008年8月 2日 (土)

学歴と教養

あぁ吉本隆明氏がちゃんと言ってくれているしつこいけれども、高学歴=バカではないのだ。そうではなくて、たぶん、関係ないのだ。

教養については、
学校や学歴がどうだということとは
全然関係ないよ、と思います。

それはそれとして。

今の現実と、昔の現実を
よく考えあわせられる人、
そういう人がいたら、それが教養のある人です。

感情移入とか多様な人や出来事と出会うことが要求されるかもしれない。後者については色んな人と会うだけではなく、読書が必須ではないかと。あ、前者についても。それよりなにより。

「お前なんか」という批判に対して
マルクスは、
「やはり著作家といえども、
 自己の著作のために
 死ぬことだってあり得るんだ」
と言ってるんです。

私の恩師が、自分の考え方を記した論文の話をしているはずみで、「この考え方に命をかけたっていいんだから」と言ったことがあって、その話を聞いていた私を含む2名の教え子は立ちすくんだことであった。思い出した。そうやって言い切る背景にあるのであろう才能と時間を想像して、「スゲー」とか思ったものであった。で、

それは物書きとして言い切るべきことですし、
理想ですが、
そう言い切るだけの自信が
僕にはないです。

だからこそ、そういう思いに
いつでも直面させられている、と言えます。

という言い方はとてもよくわかる。でも、そのあとに

これはしょうがないのでね。
因果だとか宿命だとか、
そういうふうにでも言っておくより
しょうがないんじゃないかと思います。

言い切るだけの自信がないことを、「因果」とか「宿命」ととらえるセンスが理解できない。なんだろう、気になる。理解できないけど読み飛ばすこともできないから、寝てしまおう。

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