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2008年11月

2008年11月30日 (日)

レガシーコスト

http://pokemon.at.webry.info/200811/article_34.html

日本の50歳以上人口が有権者、すなわち、20歳以上人口に占める比率は、2005年段階ですでに51.6%、2006年では52.0%に達しており、おそらく、2004年9月にこのリポートが発表される時点において、日本では年金改革の終電はとっくに出てしまっていたようです。

ひえー。
日本の人口ピラミッドは見るたびに少なからず動揺して、どないしてよいのか分からなくて、憂鬱になる。中国では過去に何度か内乱とかで人口が3分の1とか4分の1とかになったことがあるわけで、そのときに侵略されたりしながらも人口を元に戻して、さらに増やしてきたわけだけど。

2008年11月29日 (土)

返却絵本リスト

・ぷっぷーぶっぶー
・き
・空から来たてがみ
・ぶたのチェリーのおはなし
・チャレンジミッケ!2
・アサガオ
・サラダとまほうのおみせ
・ゆうびんやさんのオーケストラ
・おさるのジョージうみへいく
・るるちゃんのがっこう
・もみちゃんともみの木
・やどかりのおひっこし


たかどのほうこの絵本には傑作が多い。もみちゃんともみの木も、そんな絵本のひとつだと思う。

もみちゃんともみの木 (あかね・新えほんシリーズ)Bookもみちゃんともみの木 (あかね・新えほんシリーズ)


著者:いちかわ なつこ,たかどの ほうこ

販売元:あかね書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する


2008年11月28日 (金)

薪と灰

http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20081116/1226797906

そして、この「諸法の仏法なる時節、生あり死あり」は次の部分に呼応する。

 たき木、はひとなる。さらにかへりてたき木となるべきにあらず。

しかるを、灰はのち、薪はさきと見取すべからず。

しるべし、薪は薪の法位に住して、さきありのちあり。

前後ありといへども、前後際断せり。

 道元の不死論は、薪は灰とならないということに尽きている。生は死にならない。春は夏にならない。

なんだか面白そう。「薪」の集合は完備ではなく、時間変化する薪のコーシー列の収束先は「灰」。薪と灰は異なる集合で、火を付けたときの薪の変化は集合内部の軌跡で表現できて、軌跡上のいずれの点も薪集合に含まれるけれども、その収束先は灰となる。とか。。。

米沢

3年ぶりに米沢で友人6人と再会。明け方まで飲む。米沢はいい。

友人の一人が山で自分で作った「なめこ」が帰宅後に届いた。大きい。すこぶる、うまかった。
Dsc_0115

音楽

静かに糠のように降る雨を眺めるのが好きで、それは雨の静かな音以外に何の音もしないのが良いのであった。月夜も好きで、月明かりで自分の影ができるような夜に、真っ暗闇で巨大な山を遠くに見ながらふらふらするのが良いのであった。

「月光」とか「雨」とかを謳った歌とか曲とかが古今東西にあって、きっと「名曲」もたくさんあるのだろうけれども、そういう名曲を聞くと自分が雨の日とか夜とかに感じる感覚が曲に引き込まれてしまいそうで、それが嫌である。

絵画にそういう嫌悪感というかそりの合わなさ加減を感じることはないのだけれども、わたしは音楽と付き合うのが下手だ。

2008年11月19日 (水)

企業との面談

就職担当ということで、企業百社以上と大学の就職担当が一同に会する懇談会に参加。多くの人事担当と名刺交換などなど。

景気の悪化にともなって採用がどうなるか心配して出向いて、でも出向いたところで結局分からなかった。「今年は採用は控える」と宣言する企業は無かったけれども、「例年より多数採る」という企業にもお目にかかれず、結局、実際に学生が採用されるまでは分からないのであった。あらかじめ分かったところで打つ手は少ないのだが。

規模の小さな企業の幾つかは「大企業が就職を控えて優秀な学生がわが社に来てくれることを望んでいる。今がチャンスだ。」という趣旨のことを言っていた。前回バブルがはじけて各社の新卒採用が減ったときに、国内の就職先にどのような変化があったのか調べられているのだろうか。就職先の構成比が変わらず、単に職にあぶれた人が増えただけとは想像しにくい。

それにしても、学生抜きで企業人事と大学就職担当が懇談をおこなっているその会場は、少し不思議な場所であった。何がどこにどう活きてくるのであろうか。活きてくれるとよいのだが。

ミニチュアのように見える写真

画像処理屋で、既に数理的に考察している人あり。

「本物なのにミニチュアに見える風景の写真」の視覚計算論的考察

2008年11月18日 (火)

Manifold-Based Signal Recovery and Parameter Estimation from Compressive Measurements

http://inside.mines.edu/~mwakin/papers/mbw-sigRecParmEst-sept2008.pdf

20081118163449

2008年11月17日 (月)

「日本沈没」

小松左京の日本沈没は、日本の国土が沈んで四散した日本人のその後を問うための小説で、肝心の続編は別の作者によって書かれたようで、でもその続編をわたしは読んでない。筒井康隆の日本以外全部沈没はパロディだけれども、土地を失った人々が異国の日本で舐める辛酸が描かれているという意味で、日本沈没の続編でもある(うそ)。

国を追われた多くの人は基本的人権であるところの各種自由の無い辛い人生を強いられる。住む場所とか職業とか婚姻とか思想信条とか。で、そういう虐げられた人々が異国の地にあって宗教に助けを求めるというシナリオは私には想像しがたい。私が不信心だからかもしれない。宗教ではなく、移民先で似た境遇の者を必死で探して、会って会話して、情報を交換したり慰めあったり助け合ったりすることに助けを求めることになるのだろうなと想像する。そして、そういう連中との会合の場を異国にあって自然に確保してくれるのが講というか、寺とか神社とか教会とか、宗教の役割かもしれないとは思う。そういう場で情報交換に用いる言葉は、講で話される言葉になるのかしらん。よく分からない。

異国に出向いて子供が出来て、その子に現地の異国で幸せに暮らして欲しいと願うときには現地語をマスターさせたいと思うけど、マスターしたところで移民として虐げられることが自明なときには互助会としての講とか教会で話される言葉もマスターさせることになるだろうと思う。

移住先でもネットはつかえて、その環境の文字コードで漢字が正しく表示されないこととかは二の次であり、生き死にのかかったコミュニケーションとしては現地のネットの環境で表示される文字コードがコミュニケーションに採用する言語の表記を規定するのであろう。ネットの環境が母語を規定することはありえて、それはそれで全然構わない。

さかのぼって。研究の分野で英語が必須になっているのはとっくの昔から事実で、ネットを介した英語によるコミュニケーションが研究を加速しているのも間違いないけれども、そのことから初頭の教育をすべて英語でおこなうようにすると結論が導出されるわけではない。

サンプリング定理(1)

年のせいか以前にも増して読んだ本の細部を記憶できなくなってきた。仕事で読む論文ではそういう兆候は感じないけれども、感じていないだけで、実際には色々ガタが生じ始めている可能性がある。とほほ。

…というわけで、外部記憶装置を少しずつ利用することに。以前から気になっていたけれども作ったことの無かったマインドマップを試すことに。

生まれて初めて実践した感想。論文の下読みと関連知識を書き下す作業が効率的であった。最初は上手にできないし、しばらく作り続ける必要はありそうだけれども、続ければ誰にでも実践できるのではないか。

Foo

2008年11月 2日 (日)

英単語

重要な英単語1万のリストと、それぞれの単語に対するgoogle イメージ検索の結果をリンクさせたページをどなたか作ってくださらんか。語彙構築に良いように思うのじゃが。

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