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2008年12月 4日 (木)

ひでぶ。

がーん、既に亡んでいたのか。なんということだ。

池田信夫blog: 日本語はすでに亡びている

日本語の本しか読まないビジネスマンは、世界から取り残されている

職種や環境によっては英語は必須だし、英語が不得手なことで沢山のチャンスを逃すことは痛感してるけど。でも、社会にはいろいろな仕事があって、会社にも色々な部署があって、日本語の本しか読まなくてもやっていける人っていっぱいいる。あたりまえだけど。

日本語が亡びるのなら、それは国土が沈没して国民が大陸に四散するか、「帝国」が侵略してくることをきっかけとする気がする。

tatemuraの日記: 『日本語が亡びるとき』を読む

日本語を大切にし、それを磨き上げる人たちがいなければ筆者が言うように日本語は廃れていき、「この時代になんで日本語なんか使う必要があるの?」という疑問に直面することになろう。

そうかなぁ。直面なんかしないと思うなぁ。

現地語に「堕ちる」って感覚が、自分の感覚と、真逆だ。現地語の「現地」って、生きる現場そのもののことじゃないのかなぁ。赤ん坊をあやしたり子供と笑ったり妻と四方山話をしたり親や祖父母を見取ったり独り悩んだり遺言したり。そういう現地で発せられる言葉。それこそが「言葉」だと思うけど。それは必要性とか利便性で選ばれてるのかしらん。どうなんだろう。

世界とネットワークを介して接続できて、直接情報交換できること。そのことによって会社や国を含めた社会システムのあり方が変化するのだろうけど、だからどうした。<帝国>の存在が地表における人―人の物理的距離の意味を完全に剥奪することなどありえない。特に肉声が届き手が届く距離の意味は剥奪できない。<帝国>が全ての人を共通シミュレータの中に押し込めるわけではない。日本語なんか使う「必要あるの?」という疑問の入り込む余地は小さい。

「現地」抜きには生きられないとパズーとシータも言ってたじゃないか(言ってない)。いのちは闇の中のまたたく光だとナウシカも言ってたじゃないか(だからどうした)。

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