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2009年9月

2009年9月28日 (月)

徳政令

天皇はなぜ生き残ったか (新潮新書) Book 天皇はなぜ生き残ったか (新潮新書)

著者:本郷 和人
販売元:新潮社
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読了.後醍醐天皇に対する(わたしが勝手に持っていた)オカルトなイメージを修正できたのも収穫.この本で,九条道家の徳政令に関連して書いてあったことを備忘.

  • 「徳」は,もとに戻す,の意味を内包している.中世では過去に理想や栄華があって,その昔を仰ぎ見る.
  • 徳政の類義語「徳治」は,大漢和辞典によると次のとおりとのこと

為政者が,徳を持って世を治めようとする主義.(中略)即ち,無為にして治まることをその理想とする.…法家の法治主義と対蹠的な政治思想である.

  • 「徳治」と「法治」は対を成す概念
  • 雑訴の興行方法を二種類に分けてみる

A: 法に準拠するタイプ  B: 法に拠らないタイプ

Aは裁定者が法規範に照らしあわせて判決をくだす.Bは成文法ではなく,社会が共有する通念や常識に準拠して判決をくだす.

  • 当時,幕府は御成敗式目に準拠するAタイプ,朝廷は人々が納得するかどうかを重視するBタイプを採用した.
  • 幕府と朝廷でタイプが違ったのは,強制力の有無ではないか.幕府は誠実な統治を目指し,軍事による強制力を背景に,法治による公平な権力へ進化していったのではないか.
  • Aは社会に対して裁定者の意思を厳然と示すことができる.Bは世の動向に追随しなければならない.幕府こそが歴史の動向を創造できた.

徳政令を発する人は,その人が考える「世の動向」に追随して,法令から自由に号令している.現代において,法治を強制する力を立場上は発揮できそうにみえる人が,発揮しないのはなんでだろうと思う.選挙で為政者を選ぶときに「徳治タイプ」にどの程度魅力を感じていたかは省みてもいいかな,とも思う.

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「徳」か「法」かという対立軸が西洋を含めた世界でどの程度普遍のものなのかを知りたい.

2009年9月17日 (木)

医療の貧困

命の値段が高すぎる!―医療の貧困 (ちくま新書)Book命の値段が高すぎる!―医療の貧困 (ちくま新書)

著者:永田 宏
販売元:筑摩書房
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読了. 「国民皆保険」「後期高齢者医療『制度』」「メタボ検診」「レセプト並み領収書」「レセプトのオンライン化」「社会保障カード」などのそれぞれの解説と,それらの相互関係が見通し良く書かれていて勉強になった.国民が相応に負担することなく福祉を充実させることは無理であること,医療保険制度の変更がうんざりするほど大変そうであることなども,良くわかった.

少子高齢化の進行速度において「日本は世界のトップを独走」していて「日本人はその答えを世界に求めているが,むしろ世界は日本に注目している」と書いてある.にも関わらず,医療貯蓄口座などの経済的に有効そうな制度の多くはアメリカ原案であり,日本オリジナルの経済的に合理度の高い制度は見当たらない模様.

本の最後は「高齢者も自活せよ」で締めくくられている.「自立した高齢者が増えることこそが,本当は医療制度問題における究極の答えである」と書かれていて,それはそのとおりだなぁと思う.そして著者は「気力と体力に限界がある高齢者でも就業できるような技術と制度」の開発も含めて,日本の医療の未来を画きなおしたいと結んでいる.

高齢者にもできる仕事の一例として同書には農業が挙げられている.ほかにないものだろうか.
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紙の本を手入力して活字にするとか,紙の帳票に書かれてる数値を足して集計するとか,音声データをタイピングで書き起こすとか,そういう仕事を細分化して,年寄りに配分できないものだろうか.例えば書籍をスキャナでとりこんで,数行ずつの画像に分割して,タイピングをネットを介して広く依頼する.高齢者クラウドによる書籍の電子データベース化.入力誤りには,同一内容の仕事を複数の高齢者に依頼することで解決.タイピングとか整数の足し算・引き算とかの単調で膨大な仕事は細分化できるし,需要もあるし,高齢者に配布して出来高を支払うシステムに向いてる気がする.どうだろう.

2009年9月16日 (水)

ボンバルディア DHC8-Q400

名古屋⇔新潟を飛行機で往復.飛行機は ボンバルディアDHC8-Q400.とても小さな飛行機だった.名古屋から新潟に向かう便は乗客が少なく,機内放送で,左右のバランスを気にしないといけないから座席を移動するときは一言断わりを入れてください,と言っていた.放送直後,機内がどよめいた.新潟空港への着陸もスムーズとは言い難く(これは飛行機のせいではなく操縦士の腕前の話かもしれないが),バウンバウンと弾みながらの着陸だった.筒井康隆の五郎八航空を思い出す.
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五郎八航空を和田誠が映画にしたのを昔観た.正直つまらなかった.映画は面白いものも詰まらないものも,入館料が同じだ.映画や上映時間ごとに細かく価格を変えればいいのに.都市部と地方では観客の嗜好も違うと聞くし,細かく価格変更がしたほうが収益も増えそうな気がするけど.なにかオトナの事情があるのだろうか.
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オトナの事情といえば,先日学会先で出会った教授の先生に「案内所ってなんですか?」と聞いてカマトト扱いされた.本当に知らなかったのであり,不本意だ.

2009年9月15日 (火)

夏休み中の大学

学生が居なくて静か.インフルエンザの学内流行があるとしたら,後期のはじまる10月以降になる.学会会場では消毒用のアルコールが常備されることが多くなった.これは国内だけではないようで,先日のシカゴとピッツバーグの双方の学会会場にも消毒用のアルコールが置かれていた.
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この時期電話は基本的に外線ばかり.その多くが,マンションとか不動産の勧誘だかなんだかに関するもの.興味がないと言っていつもすぐに切る.以前は電話を切ったあとも不快な感じがしばらく尾を引いたものだけど,最近なれてしまった.ところが先日もそのように電話を即効で切ったところ,その直後から無言電話が頻繁に毎日不定期にかかってくるようになってしまった.一方的に切って「逆切れ」されたか.大学施設課に依頼して特定の番号からの電話の着信を拒否しようとしたが簡単ではないらしく,結局外線のみ特定の携帯電話に転送してもらうことで先方のナンバーを確認して,着信拒否したりしなかったりをコントロールすることにした.この間の時間的ロスを償えこのやろー,と思う.

そういえば近所にある県立大学は教員にダイレクトに外線をかけることができない.外から大学代表にかけて,オペレータに相手教員へとりついでもらう.かける側からは不便だけれども,かけられる側は業務に関係のない電話から開放されて好評らしい.教員間どころか学生との連絡にも携帯が普通に使われ始めてるし,外線の固定電話へのダイレクトインは不要かもしれない.
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保険証の更新の時期.われわれ国立大学法人につとめる教員の保険は,国家公務員共済組合.ようするに経済的には「独立」などしてないということなのだろう.

2009年9月14日 (月)

マニフェストで選びたかった

[書評]農協の大罪 「農政トライアングル」が招く日本の食糧不安(山下一仁)

私は山下氏と異なり、「兼業農家も含めてただばらまけばよい」と考えている。兼業農家は実質高齢者問題であり、バラマキは一種の年金だと割り切ってよいだろうと。なんだかんだいっても国土を守ってこられたお年寄りに国は見返りをすべきだろうと。そう思っている。

わたしも「ばらまけばよい」に賛成.いろいろな人がいるけど,基本的にみんな,歴史というか与えられた環境の中で生きてきたんだし,いまも生きているんだし.

農政とか教育とか外交とか,それぞれの将来の望ましい状態を功利的にデザインすることと,その状態に至るロードマップに切り捨て御免な思考停止フィクションを差し挟まないきめの細かさとは同居できるんだろうと思う.で,本当は,そういったグランドデザインに関する複数の選択肢が選挙前に示されてなんぼ,なんだろうなと思う.

2009年9月13日 (日)

頑張れに気を使う

「がんばって」と日本語で言うシチュエーションで英語では Don't work too hard.というのだと「とっさのひとこと辞典」に書いてある.そういえば,箱根駅伝で足だかどこかだかを痛めて歩き始めたランナーに沿道から「がんばれー」と声がかかっていたが,なんというか,残酷な台詞でもあるわけで.

うつの傾向がある学生に「頑張れ」と言わないように,と職場で教えられている.鬱病なのかそうではない何かなのかの判別を自分では付けられことが多いので,困ったときには職場に常駐する専門医の助けを得なければならず,その専門医とのプロトコルが確立するまでの間は「頑張れ」の文言を禁句にする.すると,くだんの学生に対してかける言葉をいつもより慎重に選ぶようになって良い.便利なのは「落ち着け」の言葉だったりする.学生を落ち着かせる前に,教員が落ち着かないといけないわけだけれど,それが意外と難しい.

知人の娘さんは小学校4年生で転校して,数ヶ月たったころから微熱が続いて小学校に登校できなくなった.自律神経の失調だろうと思うけれども,などとどの医師も言いながら,でも明確な病変部位が「無いこと」を確認するために今あらゆる検査を受けているんだ,とその知人はぼやいていた.で,その娘さんに小学校の同級生たちから励ましのお手紙が届いていて,その知人に見せてもらうと画用紙一面に「がんばれ,○○ちゃん」の文字が書かれていた.親しくもなく,でも放っておけないような人に対して定型で使える適切な言葉が「頑張って」のほかにはない,ということなのだろう.ほぼ全員が「頑張って」と書いていた.「手紙を書いてあげましょう」と提案する教員も,生徒も,知人も娘さんも,色々としんどいことである.

携帯版 英会話とっさのひとこと辞典Book携帯版 英会話とっさのひとこと辞典

著者:巽 一朗,巽 スカイ・ヘザー
販売元:DHC
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2009年9月11日 (金)

関数か函数か

wikipediaで議論されていて,「荒らし」の状態になってることを今日知った.

2009年9月10日 (木)

究極のセンサネットワーク

映画 twisterの最後に出てくるセンサネットワーク Dorothy は究極の一形態ではないかと.

(youtubeで当該映像が見つかるとは思うけど,著作権の観点から,その映像へのリンクをここに貼り付けて良いものかどうか迷う.)

不景気なときの工学部学生の就職について知っている幾つかの事例

研究が好きで会社に入ってからも研究を続けたいと思っていて実際に研究で飯を食っていけそうな資質を持った学生が意中の大手企業に就職内定したのが昨年の4月とか5月で,そのあと当該の会社も不景気になってリストラをはじめて,その学生が今年の4月に配属されたのは残念ながら零細な部署で,配属された日の上司の第一声が「君たち,かわいそうに」だったとのこと.その上司も徹底的に如何なものかと思うが,その学生の配属後の状況を聞くと,この半年間実際仕事に魅力を感じたり将来に希望を見出したりする機会もなく「正直つまらない」とのこと.そして,この感想は,その学生だけのものではなく,その会社の同期入社の友人共通の感じ方であるもよう.仕事が多くて大変で辛いのではなく,暇だからつまらない.とりあえず,その学生は英語の勉強とその他関連分野の論文読みは継続していて,機会あらばなんらかのアクションをおこそうとしているとのこと.会社は宝の持ち腐れであり,もったいないことである.

工学系の大学院は専攻によって人気の高低に差があり,高い専攻では入試の結果定員の1.5倍近く進学させるところも以前はあったが,文科省が「定員の1.1倍程度に抑えることが望ましい」と独白してるとのことで,それならばと以前のように景気よく合格者を出さないように方針は転換されつつある.その結果大学院入試に落第して8月から就職活動を開始する学生の人数が増えつつある.でもこの景気では8月から学生を採ってくれる会社の数には限りがあって,大学院入試に落第した学生たちは苦戦している.会社の規模を気にしなければ意外とまだ就職できそうではあるのだけれども,景気の先行きが楽観できないときほど会社の規模も気になるはずであり,「昨今の学生は中小企業というだけで毛嫌いする」と一概に責める気にもなれない.むしろ,Webでのみ会社に関する情報を収集する学生が多いほうが気になる.興味のある会社があるならそれとなく出社・退社の光景を現地に見学にいくくらいの手間はかけても良いかもしれない,とは思う.

どうしても就職先が決まらないときには,大学の研究生になったり4年生のまま留年したりする選択肢がある.卒論をまとめて発表して卒業して研究生になると新卒扱いにならなくて,一方卒論をまとめずに留年してわざと次年度に卒業するようにすると新卒扱いになって,前者と後者では後者のほうが就職に圧倒的に有利になるとのこと.新卒か否かだけで大きな差を設けるこのクダラナイ状況はなんとかならないのかとは思うばかりで,どこから手を付ければこの状況を改善できるのか.企業と大学を組みにして改革,といわれてもその具体的なプロセスが想像できない.

そういえば,日本の大学は入るのが難しくて出るのは楽だとはよく言われているところだ.でも大学教員としては,講義をしたあと機械的に不出来な学生を落第させるほうが圧倒的に楽なのであり,愚図愚図と無目的に留年を繰り返したりメンタルに参ったりしてる一部学生のケアに全国の大学教員の労力がどれほど多く費やされていることか.このケアを一切やめると中途退学学生が多数出てくるはずであり,新卒を極端に重視する企業ばかりの現状ではそのような中途退学者の今後を悲観せざるをえなくなるのであり,それが分かっているから卒業できるまで手厚く保護せざるを得なくなる.その程度には大学教員は学生の卒業後のことまで心配している.コドモ扱いして学生の心配をすることの是非は自明ではないかもしれないけれど,大学が出口を厳しくして中途退学者の数を増やすことで大学-企業間のシステムが変化しはじめるかというと,しないのではないか.というか,仮に変化しはじめるとしても長いタイムラグが必要なはずで,そのタイムラグの間を,退学した学生の人生が持たない可能性が高すぎる.JABEE導入もこういう「出口重視」の文脈で語られることが多いけれども,企業の認知度は高くない.

というわけで,こういう状況はそれなりに広く知られていることなのであろうし,そこで目端の利く高校生は国内の大学に入学することなく,早々に日本国外に脱出してるのであろうか.現状はどうなんだろう.頭脳流出って言葉は流出しっぱなしの語感だけど,普通に異国と日本との間で留学したり戻ったりの交通が出来上がらないものだろうか.そういえばEUの学生・大学・企業の交流の規模をみると,彼我の差に少し驚く.

2009年9月 9日 (水)

本のない図書館

ボストンの学校が図書館をデジタル化、書を捨て電子ブックリーダーに移行
http://japanese.engadget.com/2009/09/08/library/
これも世の趨勢なのではないかと.1冊の本を同時に借りられる学生や教員の人数が増えるし,借りられてて読めないって事態も減るし,情報サーバとしては良いことが多いような.紙をめくるあの感触とか古い本の匂いとか,本好きには失う要素が多いのかもしれないけど.

本のない図書館ができたことによって,バベルの図書館を本当に実装できるようになってしまったのではないかと.だからどうした,って話でもあるのですが.

高炉

鳩山「温室ガス25%減」国民負担は190兆円規模
http://zarutoro.livedoor.biz/archives/51267886.html

鳩山「温室ガス25%減」 ← これ、本当にどうしようか
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2009/09/25-da12.html

CO2の国内排出量の4割は製鉄と発電由来ではなかったかと(こことか).製鉄でCO2を大量に排出してるのは,高炉で鉄を還元するのにコークスを使ってるからで,この技術の歴史は古いし,ある意味完成している技術であるわけで(あ,こんなページが).CO2の排出量を下げるのに水素還元とか試されてるみたいだけど,まだ本当に試験段階とのこと.高炉一機の価格は100億円くらいか.実験用の高炉を新造するのもタイヘンだし,稼働中の高炉を止めて試すのも難しい.それに,長い歴史を持つ技術を使って現状高品質な鉄の精製に成功してるわけで,今更新技術導入を進められても現場の人たちは二の足を踏む.水素還元に成功したとして,少なくとも最初は鉄の価格が高くなることを覚悟しないといけない.鉄の品質据え置きで.

炭素還元を使い続けるとしても技術的改善の余地がないわけではなく,高炉の内部状態が計測できれば色々できそうなことはわかっているとのこと.でも,鉄の固体・液体が混在していて,高温で,気体層も含む高炉の中の鉄鉱石や銑鉄や温度の空間分布を計測するのは至難の業.炉の外側の温度分布を計測して逆問題を解くアプローチもあるけど,固体・液体の混在する空間を正確にモデル化するのが難しいので,逆問題も解きにくく,そもそも解いたとしても正解にたどり着いたのかどうか検証のしようがない.

「挙国体制」で取り組むなら,実験用の高炉を新造して,研究者と研究費を付けて,鉄鉱石とかコークスを惜しむことなく投資するのも良いのではないかと.太陽の黒点の数が減ってゆるやかな寒冷化がはじまってCO2削減のブームが去ってしまって不良債権にならないことを祈りますが,でも鉄の高品質化には一役買えるかもしれないと思ったりします.

2009年9月 8日 (火)

ネットから政治家

「勉強会」というと地理的・人脈的に近くに居る選ばれし人たちを中心としたサロンのような形式になるのであろうか.参加できるスキルと時間と地理的環境を持ってる人がうらやましい.一方,サロン形式ではなくネット上で公開勉強会にしてしまうと,瞬く間に荒れてしまうのであろう.

出てきた政治家に共感できそうなら募金に応じる準備はある.

各自が己の意見を持ってつぶやいて,他者のつぶやきに共感したりしなかったりする.共感できるつぶやきの多寡をともに感じることで,自分の感じ方の確度を上げたり,自分の考えを言語化する際の一助としたりできることはネットの力なのだろうと思うけれども,そういうことと「ネットから政治家」という運動がどのようにネット独自の運動となりうるのかは自明ではない.

まずは自立・自律しないと.

2009年9月 2日 (水)

リバタリアン宣言

選挙が終わった.社民党党首や国民新党党首の顔をよく見るようになったのが印象的だ.くにのように大きなシステムはリセットなどできないし,焼け野原にしてから新しい緑を植えることはタイヘンなんだろうし.各時点で良かれと思う選択を繰り返すしかないのだろうけど,コスト最適化を最急降下法でおこなうと局所解にしか落ち着かず,アニーリングにおける温度の上昇というか,一度「望ましくない状態」を経るような物騒な方法でしかより良い局所解に到達できないようにも思う.

選挙期間中に蔵研也著「リバタリアン宣言」を読了.「クニガキチント」の拘束がほどける感覚は不安感に近いのではないかと思う.生活や人生の様々な局面における選択肢が増えて,選択するための情報が開示・共有されていて,選択ミスに気づいたときのやり直しができるとして,自分の選択の流儀とか定型はやっぱり身に付けたくて,そのような自分なりの定型獲得に必要なコストは,現在「クニガキチント」の誤りをどの程度犯してしまっているかと強く正に相関する.情報弱者が文字通り「弱者」となるのであろうし,でもそういう弱者をそれほど生み出さずに済む程度に情報インフラは整いつつあるということなのかもしれない.

ノラン・チャートという座標系を得ることができ,リバタリアニズムと「現状」との差により状況を理解する尺度を得られたことはとても大きな収穫だった.次はアイン・ランドを読んで,あと英語を勉強しなおすために在外研究員にでも応募しよう.

リバタリアン宣言 (朝日新書)Bookリバタリアン宣言 (朝日新書)

著者:蔵 研也
販売元:朝日新聞社
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