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2009年9月 2日 (水)

リバタリアン宣言

選挙が終わった.社民党党首や国民新党党首の顔をよく見るようになったのが印象的だ.くにのように大きなシステムはリセットなどできないし,焼け野原にしてから新しい緑を植えることはタイヘンなんだろうし.各時点で良かれと思う選択を繰り返すしかないのだろうけど,コスト最適化を最急降下法でおこなうと局所解にしか落ち着かず,アニーリングにおける温度の上昇というか,一度「望ましくない状態」を経るような物騒な方法でしかより良い局所解に到達できないようにも思う.

選挙期間中に蔵研也著「リバタリアン宣言」を読了.「クニガキチント」の拘束がほどける感覚は不安感に近いのではないかと思う.生活や人生の様々な局面における選択肢が増えて,選択するための情報が開示・共有されていて,選択ミスに気づいたときのやり直しができるとして,自分の選択の流儀とか定型はやっぱり身に付けたくて,そのような自分なりの定型獲得に必要なコストは,現在「クニガキチント」の誤りをどの程度犯してしまっているかと強く正に相関する.情報弱者が文字通り「弱者」となるのであろうし,でもそういう弱者をそれほど生み出さずに済む程度に情報インフラは整いつつあるということなのかもしれない.

ノラン・チャートという座標系を得ることができ,リバタリアニズムと「現状」との差により状況を理解する尺度を得られたことはとても大きな収穫だった.次はアイン・ランドを読んで,あと英語を勉強しなおすために在外研究員にでも応募しよう.

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